発表のたびに、まず前回との差を計算する。今回引っかかったのは前回との差ではなく、同じ月の中にある差だった。2026年7月分の実質賃金の前年同月比は、2.0%と2.1%の二つが並ぶ。式は一つしかない。違うのは割る側だ。実質賃金の計算方法は、分母をどれにそろえるかを決める作業とほぼ重なる。
並べる三つの指標、名目賃金・CPI・実質賃金(2026年7月分)
厚生労働省の毎月勤労統計調査、2026年7月分結果確報(公表日2026年9月28日)から三つ取り出す。一つめは名目。事業所規模5人以上の現金給与総額は1人平均434,507円、前年同月比4.3%増である。
| 項目 | 前年同月比 |
|---|---|
| 現金給与総額(名目) | 4.3 |
| 実質(帰属家賃を除く総合) | 2 |
| 実質(総合) | 2.1 |
二つめが物価。持家の帰属家賃を除く総合は2.2%上昇、総合は2.0%上昇。同じ月でも系列で数字が違う。
三つめが実質賃金指数。2020年平均を100として、帰属家賃を除く総合で実質化すると117.1で前年同月比2.0%増、総合で実質化すると119.5で2.1%増。名目が一つ、物価が二系列あるため、結果も二つ並ぶ。
※数値は毎月勤労統計調査2026年7月分結果確報(厚生労働省)。
三つの関係、名目賃金指数÷CPI×100
実質賃金指数は、名目賃金指数を消費者物価指数で割り、100を掛けた値である。賃金の購買力をみるための実質化で、割る前と割った後では数字の意味が変わる。
- 同じ期間・同じ対象範囲の名目賃金指数と消費者物価指数を用意する。
- どのCPI系列で実質化するかを決め、指数の基準年をそろえる。
- 名目賃金指数をCPIで割り、100を掛ける。
- 前年同月比をみるときは、求めた実質賃金指数の当月値と前年同月値を比べる。
手を動かすほうが速い。名目賃金指数を105.0、CPIを103.0と仮に置く。105.0÷103.0×100で101.9。指数が100を上回る位置にあることと、伸び率がプラスであることは別の話で、ここが混ざりやすい。前年同月比を出す手順そのものは、インフレ率の前年同月比の式と同じ形である。
分母の選び方、持家の帰属家賃を除く総合と総合
帰属家賃は、持家を借家とみなした場合に支払われるはずの家賃相当額を指す。実際に現金のやり取りがあるわけではない。
持家の帰属家賃を除く総合は、実際に取引される財・サービスに限定した系列である。総合はその帰属家賃を含む系列。厚生労働省は2025年3月分速報以降、両方の系列で実質賃金を公表している。先に挙げた117.1と119.5の差は、割る側をどちらにしたかの差だ。
系列名を書き残さずに「実質賃金は何%」とだけ記録すると、後から照合できなくなる。CPIにどんな系列があるかは消費者物価指数の指数の種類の側で整理している。
※系列の定義は毎月勤労統計調査の実質賃金に関する解説(厚生労働省)。
伸び率の読み方、丸めた差と公表値
名目4.3%増、CPI2.2%上昇。差を取ると2.1になる。一方、公表されている実質賃金の前年同月比は2.0%増である。表示済みの丸めた伸び率同士を引いた値は、指数から計算した公表値と一致しない。引き算は検算の目安までで、そのまま引用する数字ではない。
実質がプラスだという情報が示すのは、対象となる労働者の平均賃金指数の伸びが、選んだ系列で測った物価の伸びを上回ったことである。それ以上は言えない。指数117.1は2020年平均を100とした位置であり、円額でも個々人の購買力そのものでもない。
対象範囲の限界、5人以上の事業所の1人平均
毎月勤労統計調査の全国調査は、16大産業の常用労働者5人以上の事業所を対象に、約33,000事業所を抽出して賃金等の変動を調べる。現金給与総額は、きまって支給する給与と特別に支払われた給与の合計である。
出てくるのは1人平均の金額と、そこから作られた指数だ。全ての労働者を覆う値ではなく、各人の賃金や家計の支出を個別に表す値でもない。実質賃金が2.0%増でも、自分の賃金の動きと自分が買うものの値上がりは別に動く。季節調整前の数字で前月比を語って指摘されたことがあるが、対象範囲の読み落としも同じ種類の事故になると思っている。
数字を読むときは、少なくとも三つを一緒に書き留めておく。対象(5人以上の事業所か)、名目と実質の別、CPIの系列名である。どれか一つが抜けると、同じ2.0%という数字でも別の意味に読まれてしまう。ここを書き落とした記録は、後から最も扱いにくい。
基準時更新と改訂、比較の前に確かめること
現在の指数基準時は2020年である。基準時が更新されると指数は改訂され、CPIの増減率の改訂に伴って実質賃金の増減率も過去に遡って改訂される場合がある。年平均などの実質賃金指数は、名目賃金指数とCPIの年平均の比率として求める。
長期の比較で数字が合わないときは、計算を疑う前に基準と系列を見る。そのうえで、同じ基準・同じ系列の最新公表値にそろえ直す。2026年8月分の速報は2026年10月7日午前8時30分に公表予定である。
※基準時と改訂の扱いは毎月勤労統計調査全国調査で作成している指数等の解説(厚生労働省)、公表予定は政府統計の総合窓口e-Statの公表予定一覧。